私の周りで嘘をつく人がいます。
「私そのブランドの服、今シーズンの種類全部持ってるよ!」とか、「今月に入って20人に告白された」とか「芸能人の友達も多くて一緒に飲んだりするんだよね」とか……。
最初は本当なのかなと思っていましたが、段々話を盛っているなと感じ、リアクションに困ります。
なぜそんな嘘を言うのかわかりません。こういった嘘にどう反応すればいいのでしょうか。
(20歳/女性/大学生/広島県)
ご質問誠に有難う御座います。
過去の武勇伝を聞くと、私はとても悲しい気持ちになります。
例えば「自称元ワル」などがその最たる例でしょう。他にも「中学の頃は神童だった」「高校時代はプロ野球も狙えた」なども御座います。
これらの「過去の武勇伝」の話はそのほとんどが嘘なのですが、こういった話を聞くと私はとても悲しい気持ちになってしまいます。
嘘というのは脳に莫大な負担を与える行為で御座います。
本当のことを語るのは非常に簡単ですが、嘘をつく場合は様々なことを自分で想像しなければならないので脳の負担が非常に大きくなるのでしょう。
ですので人間が嘘をつく場合、その多くは完全なる嘘ではなく誇張になってしまうのです。
例えば「自称元ワル」の嘘をつく方は、確かに昔それなりのワルだったのです。ただし、それは彼らが言っているほどのワルでは御座いません。
「1対20で勝った」という嘘を付いている方は、1対20で勝ったことが無いにしても喧嘩をした経験くらいはあるものなのです。
もちろん「1対20」なんていうボクサーでも不可能な数字ではなく「2対1(しかも自分は2の側で、ほとんど見ていただけ)」くらいなのですが、それでも喧嘩をしたことがあるのは間違いありません。
「高校時代はプロが狙えると言われていた」という嘘をサッカー部の人がつくことは無いのです。
全く勉強が出来なかった方が「神童と言われていた」という嘘をつくこともまた御座いません。
人が嘘をつく場合、脳の負担を減らすためにできる限り実際のエピソードを活用し、それを誇張するという方法をとるのです。
例えば30歳くらいの男性がこんな嘘を付いていたら、皆様はどう思うでしょうか?
「俺さ、中学の頃は勉強が出来すぎて神童って言われてたんだよね。まぁ私立は学費が高いから高校は公立に行ったけど、開成や早慶付属も余裕で受かったと思うよ」
こんなことを言っている方は得てして開成どころか、偏差値60くらいの私立高校も怪しいのですが、それよりも重要なこととして「なぜ中学時代の話をしたのか?」ということが重要になってくるのです。
高校受験は15歳。つまり彼は15年も前の話をしているのですが、なぜ彼は高校時代や大学時代、そして社会人時代のエピソードを誇張して話さないのでしょうか?
この理由は大きく2つ御座います。
1つ目は過去になればなるほどバレにくいから。
例えば社会人時代のエピソードを誇張した場合、その場に同僚がいればその嘘は一瞬でバレてしまいます。ですので過去に遡れば遡るほど、嘘はバレにくくなるのです。
そして2つ目の理由。それはエピソードがないという理由で御座います。
先ほど申し上げた通り、この手の嘘を付く人間は嘘の元になるエピソードが存在しております。
「自称中学時代は神童」という嘘をつく方の場合「定期テストでトップ5位に入ったことがある」とか「模試でたまたま偏差値70を出したことがある」などのエピソードが存在することでしょう。
彼らはこれらのエピソードを誇張しまくって「自称神童」という嘘を付いているのですが、逆に言えば誇張しまくっているとは言え、確かに中学時代には嘘の元になるエピソードが存在しているとも言えます。
「嘘のタネ」になるエピソードすらない場合、その時代の嘘をつくことは出来ません。
つまりいつまでも中学時代の武勇伝を語っている方は、それ以降「嘘のタネ」になるエピソードすらない可能性が非常に高いのです。
「嘘のタネ」なんて大したレベルのエピソードでは御座いません。しかしそれすらない悲しい時代を過ごしてしまったからこそ、彼らはいつまでも中学時代の嘘を付いている可能性が高いのです。
嘘をつくことが良いことだとは申しませんが、30歳にもなって中学時代の武勇伝を語っている方を見かけると私が悲しくなってしまう理由がご理解頂けましたでしょうか?
今回の知人のように話を異常に盛る方には、大きく2つのパターンが存在いたします。
1つ目のパターンは話を盛ることで笑いを取ろうとするパターン。
芸人さんなどがこれに該当しますが、これは誰でも少なからずやっている行為でしょう。
良い意味でも悪い意味でも、現実にはそんなに面白いエピソードは存在しないのです。
話を盛って笑いを取るのは決して悪いことだとは思いません。
2つ目のパターンは自分を大きく見せたいというパターン。
人脈自慢、仕事できる自慢、ワルだった自慢などがこれに該当します。今回の知人様の嘘はまず間違いなくこちらに該当することでしょう。
さて、それでは今回の知人様の嘘に付いて考えてみましょう。
今回の知人様の嘘のほとんどは直近のもの。過去の嘘はあまり見つかりません。
それでは知人様は一体なぜ直近の嘘ばかりつくのでしょうか?
もちろん「今の自分」がどれだけ優れているのか、ということを誇りたいという気持ちもあることでしょう。
しかし、それとは違う非常に悲しいパターンも存在しているのです。それは過去にエピソードがない。
つまり過去にこれといった嘘のタネになるエピソードがないからこそ、最近の微妙なエピソードに頼って嘘をつかなければならないという可能性で御座います。
もしもこの可能性が正しかった場合、今回の知人様の人生はあまり恵まれていなかったものであると言わざるを得ません。
「服を全部持ってる」は、せいぜいそのブランドの服を一着持っている程度でしょう。
「告白20人」は、連絡先を1人交換した程度かもしれません。
「芸能人の友達」は、テレビに一度だけ出たことのある芸能人のアドレスを知っているくらいでしょう。
その程度の嘘のタネとすら言えないような嘘を付かなければいけないほど、その知人の人生にはエピソードがないのかも知れないのです。
今回の知人様の嘘ですが、その多くがすぐに嘘だとバレてしまう嘘であることは間違いありません。
嘘がバレればその人の信用は下がります。それならば嘘なんてつかずに正直に話した方が良いのではないか、と感じる方も多いことでしょう。
しかし、それは普通の人の価値観に過ぎません。嫌われ者は合理的に考えて、嘘を付いた方が得なのです。
そもそも嘘を付かない方が得、という考え方は「嘘を付かなければ信用してもらえる人間」にのみ通用する理論でしょう。
嘘を付いても付かなくても嫌われる人間は、嘘を付かなかったところでどうせ嫌われるのです。
それならばまだ嫌われていないこの瞬間に嘘を付いて快楽を得た方が得でしょう。
彼らにとって「嘘を付かない」という行為は「今、尊敬を集めることが出来ず、なおかつ嫌われる」という方法なのです。
一方で「嘘をつく」という行為は「今、尊敬を集めることが出来るが、後々嫌われる」という方法でしょう。
どうせ嫌われるのです。それならば今この瞬間に快楽を得た方が得なのは間違いありません。
もちろん普通の方からすれば「嘘をつくから嫌われる」とお思いになることと思いますが、残念ながら嘘を付いても付かなくても嫌われる方というのは間違いなく一定数存在いたします。
また仮に嫌われなくとも、本人が「どうせ嫌われる」と思っていたら、嘘を付いた方が得という結論になってしまうのです。
つまり「結局自分は嫌われるから、この人と深い関係になることはできない」と思っている方は、たとえバレバレであっても嘘を付いてしまうのです。
皆様だって、二度と行かない美容室では仕事を適当に偽ったりすることでしょう。
彼らは二度と行かない美容室の美容師と話すような気持ちで、全ての人と会話をしているのです。
さて、それでは最後にご質問者様が取るべき対応について考えてみましょう。
今回の知人の嘘は、直接ご質問者様に実害をもたらすタイプの嘘では御座いません。
ですのでこのまま仲良くしていても「この洗剤買いませんか?」「この神を信じれば幸せになれますよ」というような実害をもたらす嘘をつかれる可能性は少ないでしょう。
もしもその方との関係を穏便にしておきたいのであれば、その方が嘘を言うたびに「すごいねー」と言っておけば良いのです。
自分のことを大きく見せたいと願っているそのかたはそれだけで十分に満足することでしょう。
逆にもしも穏便に距離を取りたいのであれば、追い詰めない程度に嘘を流すと良いかと思います。
この「追い詰めないように」というのが重要であり、本格的に証拠を突きつけて論破をするような形で指摘をしてはいけません。
そんなことをすれば、その方は間違いなくご質問者様のことを深く恨むことでしょう。人から恨まれて良いことなんて1つも御座いません。
ですので相手を追い詰めずに「この人は自分のことを尊敬してくれない」と思ってもらう必要があるのです。
例えば「芸能人の知り合いがいる」と言われたら、「そんなの嘘だ」と言うのではなく「それで?」というように対応をすると良いでしょう。
「芸能人の知り合いがいる」と言う嘘を指摘するのではなく、その嘘は本当ということにして置いて、「いるからなんなの?」というように指摘をするのです。
相手は自分のことを尊敬して欲しくて嘘を言っているのですから、尊敬してくれない人の元からは勝手に去っていくことでしょう。
Written by ラブホスタッフ 上野