幸せになる方法って検索すると色々な方法がネットにはあると思うんですけど、その内容がいまいち理解できません。
「当たり前にあることが一番の幸せ」とかよく言うけど、自分にとっての当たり前が他の人にとってはそうじゃないこともあるし、毎日笑顔でって言われても毎日無理して笑ってるのも違うんじゃないかとか、じゃあ幸せになりたい人ってどうすればいいんだろうとかいつも考えがまとまりません。
幸せになりたいと必死になっていることが大変そうだなとも思ってしまうのは贅沢な悩みですよね。
(33歳/女性(独身)/接客業/東京都)
ご質問誠に有難うございます。
私が大学生の頃、気まぐれで行った小田原観光はその後の人生に大きな影響を与えることになりました。
とは言え観光そのものが私に大きな影響を与えた訳ではありません。
その旅の途中で出会った一人の男性が、私の人生に大きな影響を与えたのです。
その男性は小田原をプラプラと歩いている私に突然声をかけてきました。
「あなたは今、幸せですか?」と。
ここで1つ実験をしてみましょう。
自分の呼吸に意識を向けてみてください。
どうやって息を吸っているのか。
右の鼻と左の鼻のどちらから息が入ってきているか。
息が出るときは、鼻から出ているか、それとも口から出ているか。
どれくらいのペースで呼吸を繰り返しているか。
そんなことに意識を向けてみてくださいませ。
この実験で感じて頂きたいのは、皆様が自分の呼吸に意識を向けたことで、呼吸がどのように変化をしたのかということで御座います。
呼吸に意識を向けると、人間の呼吸ペースは普段よりも深くゆっくりしたものに変化をします。
もしかすると、お腹が膨れる腹式呼吸になってしまった方もいらっしゃるかもしれません。
いずれにしても、普段なにも考えていない時とは違った呼吸をしてしまっていることでしょう。
それでは今度は意識的に普段通りの呼吸をしてみてくださいませ。
呼吸に意識を向けて。
いつもより深い呼吸をしてはいけません。
あくまでもいつも通りの普通の呼吸をしてみてくださいませ。
実際にやってみればお分かり頂けると思いますが、これがなかなか難しいのです。
意識をすればゆっくりになってしまいますし、かといっていつも通りのペースにしようと調整すると今度は過呼吸のようなペースになってしまう。
意識をして普段通りに呼吸をするというのはなかなかに難しいことなのです。
この世の中には「幸せになる方法」というような内容の本やコラムがたくさん存在いたしますが、あの手の本を読んでいる人が幸せであった試しが御座いません。
おそらくそれは「幸せ」とは無意識なものであるからなのでしょう。
先ほど、呼吸の話で説明をさせて頂きましたが、人間が無意識で行なっていることを意識的に行おうとすると、不恰好で不自然なものになってしまうのです。
ですので「幸せ」は無意識に感じていなければなりません。
幸せとは何なのかということを考えたり、自分は今幸せなのかということを考えたりすると、幸せが無意識から意識の範囲になってしまい、幸せが不恰好で不自然なものになってしまうのです。
それでは先ほどの小田原の出会いの話に戻りましょう。
すでにお察しの方も多いと思いますが、小田原で私に「あなたは今、幸せですか?」と話しかけてきた男性はとある宗教の信者で御座いました。
新興宗教はいつだって信者獲得に躍起になっているものですが、彼もまたその例に洩れず必死で布教を行う敬虔な信者だったのでしょう。
さて、それでは彼が私に言った一言。
「あなたは今、幸せですか?」という言葉について考えてみましょう。
少なくとも当時の私は自分が今幸せなのかどうかということを考えることはありませんでした。
もちろん生きていれば嫌なことだってありますし、嬉しいことも御座いましたが、それらを一々「自分は今幸せなのだろうか?」なんて考えることはなかったのです。
つまり「幸せ」が無意識の世界に存在していたと言えるでしょう。
しかし「あなたは今、幸せですか?」と聞かれれば、人は誰でも「自分は今、幸せなのだろうか?」ということに思いを巡らせてしまいます。
すると、それまで無意識で自然に存在していた「幸せ」が意識の世界に移動してしまいます。
これこそが不幸への第一歩でしょう。
幸せは無意識の世界にいるときに自然な形をとることができます。
幸せを意識の世界に持ち出してしまった時点で、それはもう不自然な形にしかなりません。
今から10秒間、キリンのことだけは絶対に考えないで下さい。
こんなことを言われてたら絶対にキリンのことを考えてしまうことでしょう。
日頃、私たちがキリンのことを考える機会なんて一週間に一回もないと思いますが、「キリンについて考えないで下さい」と言われたらわずか10秒の間に何回も何回もキリンのことを考えてしまうのです。
さて、先ほど申し上げた通り、幸せは無意識の世界で感じていないとその真価を発揮することが出来ません。
ですので「幸せ」という言葉を考えれば考えるほど、不幸へと邁進していくことでしょう。
それならば「幸せ」について考えなければ良いのですが、考えるなと言われると余計に考えてしまうのが人間という生き物で御座います。
それでは「幸せ」について考えないようにするためには一体どのようにすれば良いでしょうか?
一般的に日本人が一分間に読むことができる文字数は500文字程度と言われております。もちろん文章の内容が難解であれば文字数はもっと減りますが、私くらいの文章であれば概ね一分500文字程度のペースで読むことが出来るでしょう。
500文字といえば、原稿用紙一枚ちょっと。
確かに感覚的にもそれくらいのペースで文章を読んでいるという実感は御座います。
さて、唐突に日本人が文字を読むペースの話をさせて頂きましたが、「一般的に日本人が」から「実感は御座います」までの文章は合計で170文字御座いました。
一分間に500文字というペースを考えると、おおよそこの文章を読むのに20秒ほどかかったことと思います。
それではこの20秒間の間に、自分の呼吸に意識を向けていた方はいらっしゃるでしょうか?
これこそが幸せについて考えない方法で御座います。
この回答の途中で私は呼吸に意識を向けるように皆様にお伝えさせて頂きました。
ですので多かれ少なかれ、皆様は呼吸に意識を向けられたことでしょう。
しかし、あれから時間が経った今でも呼吸に意識を向けている方はまず存在いたしません。
何故ならば皆様は「文章を読む」という別のことをされていたのです。
人間は基本的に同時に複数のことを考えることが出来ませんので「文章を読む」という行動を取っているときには呼吸に意識を向けることが出来ません。だからこそ皆様はいつの間にか呼吸に意識を向けなくなっていたのです。
幸せもこれと同じでしょう。
幸せについて考えるな、なんて言って幸せを考えずにいられる人間などおりません。
そうではなく別のことを考えることこそが、幸せについて考えずにいられる方法なのです。
そして幸せを無意識の世界に追いやった後に、再び幸せが意識の世界に登場しないためにも「幸せになる方法」的な本はブックオフに売るか、押入れの奥の方にしまってしまいましょう。
不意に目につくような場所に「幸せになる方法」なんていう本を置いていたら、幸せが頻繁に意識の世界に登場してしまいます。
Written by ラブホスタッフ 上野