ご質問誠に有難う御座います。
まず誠に申し訳ございませんが、私もラブホテル業界に置いて「立場」というものが御座いますので、ご紹介することは出来ません。誠に申し訳ないのですが、この点は御理解頂ければと思います。
さて、その上で私のお話を少し聞いて頂ければと思います。
この業界、つまりラブホテル業界が万年人手不足であることは間違い御座いません。
単純に「人数」という意味でも不足しておりますが、その数少ない人数に関して言っても「質」という面で不足しているというのは間違い無いでしょう。
もちろん、しっかりしたラブホスタッフも決して少なくありませんが、他の産業と比較して全体的に仕事に対しての意識が低いのは間違いありません。
こんなことを言うと「頑張っているラブホスタッフもいるだろう!」とか「お前のホテルの質が悪いんじゃ無いか?」と言うような意見を頂きそうなものですが、そんな意見を言える方は非常に恵まれた産業でお仕事をされているか、もしくはまだ社会に出ていない学生の方なのでしょう。
恐らく知名度という意味では私は日本で最も有名なラブホスタッフでしょう。その状況に置かれた人間が言っているのです。
運が良かったとは言え、おそらくラブホスタッフとしては日本で1番恵まれているであろう私が言っているのです。
世の中には綺麗事では済まない、明確な上下と言うのが存在する。今回はそんなお話を少しさせて頂きたく思います。
さて、社会人の皆様にお伺いいたします。
一体何故、今の職場で仕事をされているのでしょうか?
新卒で第一希望の企業に入社して、そのまま働いているという方であれば、もちろん今の職場に不満が全くないということはないでしょうが、自ら選択してその企業をお選びになったことでしょう。
しかし、例えば学歴があまり高くなく選択肢がなかった方、コミュニケーション能力に難があり選択肢がなかった方、1度は望んだ企業に入ったもののどうしても肌に合わず転職を余儀なくされた方、何かしらの事情で選択肢が存在しなかった方、このような方々は決して「自ら望んでその職場を選択した」という感覚ではないことと思います。
選んだのではなく、その時にはすでに「その職場」以外の選択肢が存在しなかった、というのが適切でしょう。
私はラブホテル産業で働いていますのでどうしても風俗産業とは縁が御座います。
その経験から物を語れば、彼女たちの多くは望んで風俗産業に足を踏み入れた訳ではない。原因は様々ですが、何かしらの原因でその産業を選択するしか生きるすべがなかったのです。
誰もが、千代田区か港区あたりの大きなビルで白いシャツを着て働きたいと願っていた。
誰もが、スポットライトの当たるステージで素敵な衣装を着て働きたいと願っていた。
誰もが、オフィス兼自宅としてマンションを借り、時間に縛られず働きたいと願っていた。
誰もが、中間搾取のない現場で、汗を流して働きたいと願っていた。
誰もが、ゆっくりとした時が流れる田舎の市役所で働きたいと願っていた。
誰もが、月に1度は出張で飛行機に乗るような仕事で働きたいと願っていた。
誰もが、自身の思いを届ける作品を作り、それが評価される仕事で働きたいと願っていた。
誰もが、正社員として、明日の食事の不安を覚えることなく働きたいと願っていた。
もちろん実際にこれらの仕事で働いている方を否定したい訳では御座いません。
その仕事はその仕事でたくさんの不満や苦痛があることでしょう。それにその仕事で働いている方が、その役職に就けたのは、それが運なのかコミュニケーション能力なのか学歴なのかは分かりませんが、何かしらの努力と能力によるものだからです。
逆に言えば、望まぬ職場で働くことを強いられた人間は、不運だったか、能力が不足していたか、努力が不足していたかは分かりませんが、自己責任でその職場にいるのでしょう。そのことを否定するつもりもまた御座いません。
ですが、それでもなお彼らには「自分は今の仕事を望んでいない」という感覚が必ず御座います。
そして自分が望む光の当たる仕事への憧れと、その職場で働く人間への嫉妬が必ず存在する。それはある意味で逆恨みでしかないかもしれません。ですが、理屈的に恨むことが間違っていたとしても、人は恨むのです。
特に隠している訳でもないので言ってしまいますが、私は慶應義塾大学を卒業しています。比較的、職業選択という意味では恵まれた立場にあったでしょう。
そんな私がそれでもなおラブホテル産業を最終的に選んだのは、それなりの覚悟がありました。
少なくとも決して光が当たることなく、決して人から褒められることもなく、職業を口にすれば万人から否定されることを覚悟してこの産業を選んだのです。
ご存知の方も多いかと思いますが、慶應義塾はその方針として「職業に貴賎なし」という言葉を掲げています。
しかし私はこの言葉が正しいか間違っているかなどということに興味がないものの、この言葉に対して思うことが御座います。
憧れる職業に就いている人間から「職業に貴賎(きせん)なしだよ」なんて言われた日には、それこそ殺意にも似た感情すら抱きかねない。
批判を覚悟した上で具体名を挙げましょう。
ゴミの清掃員、タクシーの運転手、風俗産業、チェーン店系の現場スタッフ、下請けのシステムエンジニア、ほとんどすべての派遣社員、契約社員、住宅賃貸の不動産仲介業、銀行を除く金貸し、介護職、明らかな斜陽産業など。
これらの職業は、この社会の多くの方が今働いている産業でしょう。非正規労働者だけで全体の4割にも上るのですから、過半数の方が私が今言った産業に従事していると言っても過言ではありません。そしてその産業に「望んで入った人間」など、本当に一部しか存在しない。
そんな彼らに、私は「自己責任だよ」という言葉をかけることは、心苦しくも出来なくはありません。
ですが「職業に貴賎(きせん)なし」とか「俺もその仕事したいなぁ」とは決して言えないのです。
もちろんこれらの職業であっても一生懸命誇りを持って働いている方がいるのは間違い御座いません。
そういう方からすれば「人の仕事の悪口を言うな!」と感じることでしょう。この点については誠に申し訳ございません。
ですが、そのほんの一部の方に気を使って「その仕事も丸の内のオフィスで働くのと同じように誇り高きものだ」と言うことは、そのごく一部の方を除いた圧倒的多数の方を傷つけてします。
それに一生懸命誇りを持って働いている方は、自分の仕事の悪口を言われたとしても気にしない。そう考えると私は「職業に貴賎(きせん)なし」とは言えないのです。
「その仕事に誇りを持って働いている人もいるんだよ」という言葉が、どれだけの人を苦しめるのか。
自分は就職という戦場において負けたということを肯定してくれ、と。
今の自分の職場が底辺できつく苦しく日の光が当たらぬことを認めてくれ、と。
決して平等ではない職場環境にいるのに、それを「善意」から「平等」のように扱うことをやめてくれ、と。
せめて、望まぬ、光の当たらぬ、低賃金で、労働時間が長くて、明日の保証もない自分に、同情をしてくれ、と。
彼らが憧れるスポットライトの当たる世界で、丸の内のオフィスで、のどかな市役所で働いている方が、必ずしも自身の職場に納得していないことは重々承知しておりますが、それでも残念ながらスポットライトの当たらぬ者にとって皆様は憧れの対象であり、妬みの対象であるのです。この点について、私は一切の弁明は御座いません。
「望まずに丸の内で働いている」としても、それは傍目からはエリートにしか見えないのです。
この産業は、そのほとんどが望まずにこの産業に来た方で御座います。
私は何も「甘い気持ちで来るな」と言いたいのではありません。ほとんどの人間が望まずに入っている産業にわざわざ来ない方がいい、と言いたいだけで御座います。
「邪魔だから来るな」と言っているのではありません。「わざわざ日の光の当たらぬところに来るもんじゃない」と言っているのです。
ここに来るのは最後でいい。人生に行き詰まり、他の道がすべて塞がってしまってからでも、ラブホテル産業に来るのは決して遅くはありませんよ。
ラブホスタッフの上野さんの記事をもっと読む
→#ラブホスタッフの上野さん
Written by ラブホスタッフ 上野